42円/kWhで15年の買い取りを保証するFITに後押しされて、小規模な地熱発電が注目されつつあります。新たな設備の市場導入を行うメーカーも目立つようになってきました。
前回書きましたように、温泉を活用すれば、新たな掘削の必要がないため、地元の反対はありません。既存の泉源を使えば、経済性も高そうに思えます。しかし、経済性の面では、まだ課題があるようです。以下では、静岡県の事例をもとに、その課題を示したいと思います。
静岡県は、伊豆の熱川地区での温泉発電の可能性を調査していました。しかし、2013年1月に、経済性が合わないということで断念しました。税込み42円/kWhという買い取りでも採算が合わないという判断です。
静岡県の場合には、泉源をもつ温泉事業者ではなく、県の企業局が、あくまでも採算性を求められる営利事業として計画したものでした。開発の断念は、冷静に経済計算した上での判断だったと考えられます。以下は、2013年2月に出された報告書に記載されている年間収支の試算結果です(http://www.pref.shizuoka.jp/kigyou/documents/h23houkokusyogaiyo.pdf)。
カリーナサイクル、マイクロバイナリーというのは、発電システムのタイプです。温泉発電では、温泉自体の蒸気でタービンを回すことは難しいので、沸点の低い別の媒体と熱交換して、その媒体の蒸気でタービンを回すバイナリー発電が主流となります。マイクロバイナリーというのは、代替フロンを媒体としたランキンサイクルで、神戸製鋼製の設備です。もう1つのカリーナサイクルはアンモニアを媒体とした設備で、メーカーはおそらく地熱技術開発です。
表からわかるように、全てのケースで年間収支がマイナスという試算となっています。これらの中では、熱川1と熱川5が、比較的良い結果となっています(それでも赤字ですが)。熱川5は既存の配管・配湯設備を転用する特殊なケースですので、以下では熱川1のカリーナサイクルとマイクロバイナリーについて少し中身をみてみたいと思います。以下の表が詳細です。
カリーナサイクルでは、送電端で78kWの出力で、年間発電量は約55万6,623kWh、税抜き40円/kWhの買取価格で、年間2,186万円の売電収入が見込めます。しかし、初期投資が2億2,181万円で、15年償却で、年間の原価償却費が1,405万円となっています。発電設備も高いですが、配管工事に8,800万円かかっているのが重くなっています。
さらに大きいのは年間810万円かかる人件費です。カリーナサイクルではアンモニアを使用するためボイラータービン(BT)主任技術者を専任で雇用することが規制で義務づけられています。これに750万円。さらに電気主任技術者に60万円かかります。
一方のマイクロバイナリーでは、規制緩和によって、BT主任技術者を専従させる必要はありません。しかし、それでも電気主任技術者に60万円と現場の管理者の給与500万円が必要となっています。またマイクロバイナリーでは定格出力72kW に対して送電端出力が39kWと小さくなっていることも経済性を削いでいます。熱川温泉の温度は100℃近いので、温度の問題ではなく、湯量の問題だと思われます。
その他、スケール対策にかかる費用が大きいことがわかります。初期投資で7.540 万円、スケール抑制剤にも年間で394万円もかかります。
こうしてみていくと、温泉発電が経済的に成り立つには、いくつかの条件がうまく重なることが必要であることがわかります。
コスト側では、(1)発電設備価格のさらなる低下、(2)敷設すべき配管が短いこと、(3)規制緩和によるさらなる人件費の低下、(4)スケール対策の必要性が小さいこと、の4つが大きいです。収入側では、(5)温度が高く、(6)湯量があり、発電設備の潜在力を十分に活かすことが必要です。これらの可能性を検討してみましょう。
まず、発電設備の価格低下について。バイナリー設備の場合、決まった媒体でタービンを回しますので、タービン自体は標準化でき、量産効果はあると思われます。したがって普及が進めば、ある程度のコスト低減は見込めると思います。また温泉発電用のバイナリー設備は、工場排熱用の発電設備との共通部品が多いと思われますので、中温・低温の排熱利用が普及するようになれば、それによる量産効果の恩恵も受けることができます。それゆえ、将来的なコスト低下は見込めると思います。
しかし、現状で、神戸製鋼のマイクロバイナリーの発電設備本体の売価は2,500万円で、(しっかりした根拠はまだありませんが)この手の設備としては、既にかなり安くなっているようにも思います。むしろ費用がかかっているのは、周辺設備や工事費のようです。
静岡県の試算では、マイクロバイナリーの発電設備関係で6,000万円となっています。2,500万との差額は、周辺の補機や設置工事などです。スケールが多い場合には温水を加熱して設備に引き込み必要があるようです。そうした補機や工事費がどこまで安くなるかはわかりません(むしろそこが鍵のように思います)。
配管工事の費用は2つに分解して考えた方がよさそうです。1つは配管の距離、もう1つ1つは単位距離あたりの工事費です。配管の距離は泉源の湯量に依存します。静岡の例でも、熱川1では8,800万円程度でしたが、その他のケースでは2億円近くかかっているものもあります。1つの泉源の湯量が足りないと、複数の泉源から集めて来なければなりません。こうなると長い配管が必要となります。
これは資源条件に依存するのでどうにもなりません。ただし,近くで新しい井戸を掘ることができれば、解決できるかもしれません。しかし、地元が、大規模地熱に反対して温泉発電に賛成する最大の理由は「新たに井戸を掘らない」ということですので、簡単ではありません。
単位距離あたりの工事費に関しては、案件が増えればある程度コストは下がるかもしれませんが、製造における量産効果のようなことは期待できそうにないので、きちんと競争が働くかどうかが鍵となると思います。
3つめの規制緩和に関しては、アンモニアを媒体に使用してもBT主任技術者の専従を不要とするような緩和が行われれば、カリーナサイクルの経済性は大きく向上します。上記の熱川1のケースでは、年間収支の赤字がそれだけで250万円にまで縮小することになります。
4つめのスケール対策費用は、温泉の質に依存するので、スケールの少ない温泉であることが重要です。スケール防止設備やスケール抑制剤などのコスト低下も大きいですが、どのくらい可能なのか、現状ではよくわかりません。
最後に、収入側は、温泉の温度や湯量など、自然条件に大きく依存している。新たな井戸を掘削できないとするのであれば、条件の良いところを探すしかありませんが、これまで調査が進められてきた地域は、当然それらの条件がよさそうなところだったでしょうから、これから新たに新しい候補が次々でてくるようには思えません。
このように素人なりに考えていきますと、FITをきっかけとした普及によって、確実にコスト低下が見込めそうなのは発電設備関係だけのように思えます。しかしそれだけでは、温泉地熱の採算はまだ合わないのではないかと思います。もちろん上で示したような条件(長い配管が不必要、湯量が豊富、スケールは少ないなど)がうまくあてはまる場所はあると思います。しかしこれまでにも有望な地域の探索が行われてきたことを考えれば、そう多くあるとは思えません。
42円/kWhという破格の買取でも採算が合わないのであれば、15年の買取終了後は、こられの設備は動くことなく、放置されることさえあるかもしれません。温泉地熱が成り立つには、現状技術を前提とする限り、規制緩和と工事費の大幅削減は必須です。もちろん、今後市場が盛り上がれば画期的なイノベーションが起きるのかもしれません。以前ブログで紹介したターボブレードの湯けむり発電などの動向は見ていきたいと思います。
一方、大分の瀬戸内エナジーなど温泉地熱の事業化は実際に進みつつあるので、それらの発電所がどのように経済性を成り立たせているのか、今週別府にいって調査したいと思います。ご報告はその後にします。