前回は、導入を断念した静岡県の熱川温泉のデータをもとにして、温泉を使って経済的に発電することはかなり難しそうであることを書きました。しかし、新聞記事によりますと、別府の瀬戸内自然エナジーは、神戸製鋼のマイクロバイナリーを導入して、既に売電を開始しており、投資は5年で回収できるとのことです。さらに2機目も発注したといいます。
これは確認しなければいけないということで別府にいってきました。
結論からいいますと、税込み42円/kWhという現状の買取価格であれば、確かに、5年程度で回収できるようです。
瀬戸内自然エナジーの温泉発電 |
瀬戸内自然エナジーの森川社長によりますと、神戸製鋼のマイクロバイナリーを使った地熱発電所は、8,000万円から9,000万円の初期投資で可能となるということです。実際には、一機目ということで、様々な準備のために追加投資が必要となり、1億円以上はかかったようなことをいわれていましたが、今から導入するのであれば、土地代も含めてこのくらいの投資でできるということだと思います。
森川社長が示してくれた初期投資の内訳は以下のとおりで、合計8,380万円となっています。
1. 神戸製鋼製のマイクロバイナリー機:2,880万円
2. 関電工による設置工事
(熱交換機、配管、冷却塔、電気設備など全てを含む付帯工事費):2,800万円
3. 温泉設備(温泉タンク、温泉の配管、井戸水、建屋、フェンスなど):2,700万円
送電端は60kW(今回は54kW出力していました)で、売電端は48kWに抑えられておいます。所内電力は12kWということですので、売電端出力との差でほぼまかなえてしまいます。50kW以下の低圧接続ということで、電気主任技術者は必要ありません。また、ボイラータービン主任技術者は規制緩和で不要となっていますので、日常的には人件費がほとんどかかりません。
その他、ランニングコストは、設備の保守料が10年で700万円程度、電気関係で保安協会に25万円といったところです。スケールの問題はないそうで、スケール対策の費用はかかっていません。
現状の稼働率は85-90%ということですので、税抜きで40円/kWhの買取価格ですと、年間の売電額が1,500万円弱となります。ランニングコストを含めますと5-6年で回収できる計算となります(資金は自分で調達したと言われていました)。買取期間は15年ですので、十分に採算性の高い事業となります。
前回の静岡県の試算となぜここまで異なるのでしょうか。それは瀬戸内自然エナジーが、以下のように、きわめて恵まれた条件下にあるからです。
(1)
温泉の温度が高い(140-150℃)
(2)
湯量が豊富(1000リットル/分)
(3)
豊富な地下水がある(2トン/時で捨てている)
(4)
既設の温泉タンクのすぐそばに設備を設置できる
(5)
スケール(湯の花)が付きにくい泉質
(6)
送電線が近くにある
前回紹介した、静岡県の熱川温泉の場合、(1)に関しては、温泉の温度は90℃以上ありますので、発電は可能です。ただ湯量が足りないので、複数の泉源から配管でお湯を集めることになっていました。瀬戸内自然エナジーでは1つの泉源の湯量が1000リットル/分、蒸気量が15トン/分ありますので、エネルギーが余っています。そのエネルギーを少し拝借するだけで発電できます。
実際には、100℃に調整された温泉タンクから熱交換機に温泉が送られ、15℃の地下水の温度を90℃まで上げ、それをバイナリー設備に送り、媒体である代替フロンに熱を渡し、その蒸気でタービンを回しています。地下水に熱を渡した温泉は85℃の温度となって、温泉タンクに戻され、そこで蒸気によって再び100℃に戻されます。
静岡県の試算では水道代が別途計上されていましたので、地下水だけではまかなえていないものと思われます。瀬戸内自然エナジーの近くには豊富な地下水が海に向かって流れており、くみ上げるポンプの電気代を除けば、タダで利用できます(同社は地下水の供給事業も行っています)。
また、静岡県の例の場合、設備は旧ホテルの跡地に設置されることになっていました。それゆえ、泉源から長い配管をつなぐ必要がありました。そのために多大な費用がかかることが想定されました。瀬戸内自然エナジーの場合には既存の温泉タンクの横の土地に発電設備を設置していましたので、お湯をひいてくる配管代はかかりません。
さらに、静岡県では、スケール防止設備に初期投資として800万円弱、それに加えて、年間400万円に及ぶスケール抑制剤の費用が計上されていました。熱川温泉はスケールが付きやすい泉質のようです。温泉としては好ましいのですが、発電のためには都合が良くありません。
上記の6つの条件が全て揃う場所はそれほど多くないと思われます。森川社長に、別府で採算が合う場所は何カ所くらいありそうかと訪ねたところ、「10カ所くらいか」という答えでした。
温泉発電を考える地域であれば、おそらく温度と湯量の条件は、それなりに満たしているのではないかと思います。しかし、配管代とスケール対策が重くのしかかる傾向にあります。
温泉発電が温泉場に受け入れられる大きな理由の1つは既存の井戸を活用してできるからです。新たな掘削は、市や県で規制されているだけでなく、地元の反対が大きいのが現状です。既存の井戸だけを活用して、さらに既存の空き地を利用して設置するとなると、偶然、泉源と設置場所が隣接していればよいですが、そうでなければ配管を通さなければならず、それが大きな負担となります。静岡県の例ではそれが8,000万円から1億5,000万円くらいの幅で計上されていました。
スケールは温泉そのものの性質に依存するので厄介です。森川社長は温泉が空気に触れなければスケールはでてこないと説明されていましたが、温度や圧力変化があれば(熱交換するので当然温度は下がる)スケールはつくので、瀬戸内自然エナジーの温泉は、元々スケールがつきにくい泉質なのだと思います。泉源には櫓がありませんし、特に日常的に掃除する必要もないという説明でした。
泉源(櫓なし) |
温泉場によっては、お風呂を閉めて、夜中に井戸のスケールを掃除しなければなりません。例えば、静岡の熱川温泉にはいたるところに温泉櫓があります。掃除するために櫓が必要だということです。逆にいえば、櫓があるところは、スケールが多いということになります(温泉としてはむしろ良いことなのですが)。
今回の九州訪問では、長崎の小浜温泉も訪問しました。環境省の補助事業で、瀬戸内自然エナジーと同じ神戸製鋼のマイクロバイナリーを3機導入して、実証実験を行っていました。
小浜温泉の実証機 |
環境省の補助事業 |
実証実験中ゆえデータは公表できないということで、ここでも書くことはできませんが、見学したときには、3機中、1機は停止していました(残りの2機も出力を抑えていました)。熱交換機の掃除のためです。上で説明しましたように、熱交換機には99枚のプレートがあり、温泉と水が交互に流れて、温泉から水へと熱が効率的に渡されるようになっています。この熱交換機の内部に、スケールが付着して詰まってしまうとのことでした。それゆえ頻繁に掃除をしなければならず、その度に、稼働を停止しなければならないということです。
熱交換機についたスケール |
それ以外に配管にもスケールが付着するようで、スケール対策でかなり苦労しているようでした。バイナリー機の場合、蒸気を発生するのは均一な媒体であり(代替フロン、アンモニア、ペンタンなど)、タービン自体は標準的な設計が可能だと思われますが、温泉を運んだり、熱交換したりするところは、どうしても温泉の性質に合わせて個別設計しなければならないと思います。そこを標準設計してしまうと、問題が起きることは、容易に想像できます。
タービンと発電機のコストは量産によってさらに下がるのかもしれませんが、それ以外のコストは、量産で下がるようなものではなさそうです。トータルのコストの相当部分は、自然条件に依存していることからして、高い買取価格の設定→普及→量産によるコストダウン→経済性の向上、といったシナリオは簡単には実現しそうにありません。
最後に今回の調査で気になったことが2点ありました。
1つは、小型地熱発電設備に関しては、日本メーカーが競争劣位にあるようだということです。大型の地熱タービンは、三菱重工、富士電機、東芝の3社が世界シェアの70%以上を掌握しています。しかし小型は、まだこれからということではあるのでしょうが、海外企業の製品の方が優れているとう意見を聞きました(調べる必要はあります)。
もう1つは、高い買取価格のまわりに、様々な人々が群がっているという話です。太陽光発電でも、買取価格の高い間にとりあえず設備認定だけ受けて、買取価格が下がって時点で、その権利だけを転売するようなブローカーが出現しているようです。
地熱発電でも地元の人たちに儲け話を持ちかける新参業者が増えているようです。上述したように、温泉発電は、現状の税込み42円/kWhの買取価格でも、採算をあわせることは難しいというのが現状です。もちろん条件が揃えば十分に経済的なのですが、そうした場所は限られています。
電力供給は長い年月にわたって責任を持てる人や企業が担わなければなりません。一時の利潤に群がるような人々にかき乱されると、後で、ゴミの山が増えるだけです。制度設計をする人たちはそこまで考えて欲しいと思います。