「シンガポール」と聞いて、皆さんは何を思い出しますか?
多くの人がまっさきに連想するのは、「マーライオン」かもしれません。
マーライオンは、獅子の頭と魚の体を併せ持つ、シンガポールの象徴です。
「魚の体」がシンガポールの象徴の一つとなったのは、その地理的特徴のためです。
シンガポールは、海と川によって、国土の周囲をぐるりと水で囲われています。
人々が暮らす都市部は海沿いを中心に発展しており、街市の風景には水が溢れています。
Marina Barrage
シンガポールは赤道直下にある暑い国ですから、雨期には毎日のように激しい雨が降ります。
シンガポールの降水量は、世界平均を大きく上回る水準にあります。
降り注いだ雨は海に流れると同時に、国土の半分以上を占める貯水区へと流れ込みます。
シンガポールの水不足
「国土の半分以上を占める貯水区」と書くと、水資源が豊かな国であるかのように思えます。
しかしながら実際には、シンガポールは世界でも有数の「渇水国」です。
国土(琵琶湖と同じくらい)の半分を貯水区にしてもなお、シンガポールは水不足なのです。
実は、シンガポールは非常に平坦な地形をしていて、高低差がほとんどないのが特徴です。
そのため、河川や湖も浅く、面積としては広大な貯水区も、容積としては不十分なのです。
河川や湖だけでは、シンガポールの国内需要の半分も満たすことができません。
そこでシンガポールは、隣国でありかつての母国であるマレーシアから、
ジョホール海峡に大きなパイプラインを引いて水を輸入して、需要をまかなってきました。
シンガポールは、元々はマレーシア連邦の統治下にありましたが、
政治的対立から1965年に独立して成立したという歴史があります。
そのため、シンガポールとマレーシアの外向的関係は良好ではないようです。
両国の水の売買契約は2061年まであるものの、安定しているとは言えません。
新たなる水資源と日本の技術
そこでシンガポール政府は、2000年頃より、貯水区、輸入に次ぐ、
第三・第四の水資源の開発に取り組みはじめました。
一つは、下水を浄化して飲用水・産業用水に再利用する、Newater計画です。
かつては、浄化した下水は海へと廃棄していました。
水を海に返すのは自然なサイクルではありますが、
ある程度はきれいな水を海に返して利用不能にするというところに、無駄があります。
そこで、下水の浄化機能をさらに高め、ある程度ではなく徹底的にきれいにして、
再利用可能な水準にして利用してしまおうというのが、Newater計画なのです。
Newater計画は現在順調に進んでおり、現在では需要の20%ほどを供給しています。
もう一つは、海水です。
現状では脱塩コストは高いため、供給量は需要の数パーセントを下回っています。
しかしながら、海に囲われているという地形を考慮すると、
シンガポールにとって海水という水資源のポテンシャルは非常に高いと言えるでしょう。
こうした新たな水資源の開発に、実は日本企業が大きく関わっています。
下水の濾過や脱塩には、日本企業の逆浸透膜が活用されています。
また、処理施設や脱塩プラントの施工にも、日本企業が多く関わっています。
シンガポールの水資源開発を、日本の技術が裏から支えているのです。
水資源の豊富な日本では、下水や海水という潜在的な水資源は殆ど注目されません。
しかしながら、世界各地に散在する渇水国にとっては、それらは極めて現実的な選択肢です。
それらの水資源管理の技術やシステムの前には、大きく有望な市場が広がっています。
シンガポールは、水資源管理に必要な技術を殆ど保有していないにもかかわらず、
その有望な市場へ進出し初めています。
なぜ、技術を持つ日本ではなく、技術を持たないシンガポールなのでしょうか。
この項(シンガポールの水資源探訪)では、この問いに取り組むために、
シンガポールの水資源管理について数回にわたって概観していくこととします。
(積田淳史)