2014年1月30日木曜日

【ケーススタディ】東洋紡:逆浸透膜の開発と事業展開


magiccでは、火力発電・鉄鋼・ものづくりなどの既存産業分野、太陽光・水資源・地熱・スマートグリッドといった新産業分野、それぞれの分野における日本企業のグリーンイノベーションへの取り組みについて、インタビューや施設見学などの実地調査を通して分析を進め、それらをケーススタディとしてまとめて、「リサーチライブラリ」で公開しています。

東洋紡㈱の逆浸透膜のケーススタディを新たにアップしました。
 藤原雅俊・青島矢一「東洋紡:逆浸透膜の開発と事業展開」
  (IIRケース・スタディCASE#14-01、2014年1月)

★★ 東洋紡㈱のケーススタディは「リサーチ・ライブラリ」からダウンロードできます ★★
       ↓ 「リサーチ・ライブラリ」へのリンクはこちら  (ケーススタディの項目をご参照ください)


増え続ける人口に対応して、世界では水需要が急速に拡大している。それに伴い、世界の水ビジネスは、2030年に100兆円規模にまで拡大すると予測されている(OECD報告)。上下水道処理、海水淡水化、工業用排水処理、産業用超純水製造など、水ビジネスは多岐にわたっているが、海水淡水化のような高度な水処理において鍵となる製品が逆浸透膜(RO膜)と呼ばれる分離膜である。

RO膜は、その形状に応じて平膜型(スパイラル型)と中空糸型(ホローファイバー型)に分けられる。平膜型はシート状の膜をパイプに巻き付けて作られるのに対し、中空糸型は中空の細糸を詰めて作られる。現状、世界の主流は平膜型である。RO膜市場を支配しているダウ・ケミカル(2011年世界市場シェア:32.1%)、日東電工(同:28.1%)、東レ(同:27.5%)の3社を始め、他社はみな平膜型を採用している。現状で中空糸型を採用しているのは東洋紡ただ一社であり、その世界市場シェアは、2011年時点で7.8%となっている 。
  

東洋紡のRO膜は、素材の点でも他社と異なっている。他社がポリアミド系素材を使用しているのに対し、東洋紡が使用しているのは三酢酸セルロースである。RO膜開発の歴史で最初に工業化されたのは酢酸セルロースを素材としたものである。しかし、その後、多くの企業が、脱塩率と透過率の高いポリアミド系へと素材を変更した。酢酸セルロースは汎用素材であり、他社との差別化が難しいことも変更の理由であった。このように、他社がみなポリアミド系の平膜へと事業の方向性を転換するなか、東洋紡だけが、酢酸セルロースの中空糸型での事業を継続して、現在に至っている。


東洋紡は、長期の実績を持つ素材の特性を生かす素材にとどまり独自路線を歩んでいるのだが、必ずしも市場で劣勢に立たされているわけではない。同社は、自社製品と相性の良い中東地域に照準を定め、集中的に製品を展開することによって、競争優位を築き上げている。世界市場全体からみれば、東洋紡が定める地理的なターゲットは確かに狭い。しかし中東、とくにG.C.C(Gulf Cooperation Council:湾岸協力理事会)は深刻な渇水に悩む地域であり、造水需要が伸びている。この地域で、東洋紡はおよそ50%の市場シェアを獲得している 。こうした東洋紡の行動は、自社製品に適合する市場セグメントに特化し、他社との競争を回避しながら競争優位を構築するという競争戦略の定石ともいえる。

本ケース・スタディでは、東洋紡が三酢酸セルロース中空糸型のRO膜に焦点を定めて開発と事業展開を継続し、中東地域における競争優位を構築してきた経緯を記述している。