前回は、九重観光ホテルの事例から、温泉井戸を活用した1MW程度のフラッシュ発電が、経済的に実現可能でありそうだということを記載しました。今回は、この規模の地熱発電の事業化を進めている中央電力のユニークな試みを紹介します。
現在、中央電力は熊本県小国町のわいた温泉で、新たな地熱発電所の建設を進めています。地熱井の掘削には1回で成功し、既に毎時13tの蒸気が噴気しています。この蒸気で、ほぼ1MWの出力の発電が可能です。口径は4インチで深さは450mですので、通常の温泉井戸とほとんど変わりありません。将来的にはもう1本井戸を掘って出力を2MWに拡大する計画ですが、現在は1MWということでFITの設備認定を受けています。
九重観光と同じ小型シングルフラッシュの発電システムです。もとは、今回のプロジェクトに設計・施工コンサルタントとして参加している株式会社ジオ・サービスが、RPS法(Renewable Portfolio Standard、電気事業者に一定量の新エネルギーの利用を義務づける法律)に対応することを目的として考案したものです。
RPS法の対象設備となるには「熱水を著しく減水させない」ことが条件となっていますので(基本的にはバイナリー発電が想定されています)、フラッシュ方式なのですが、タービンを回した後の熱水も還元井を通じて地下に戻すようなシステムとなっています。
タービンは2000kWの東芝製です。発電設備はコンテナに入れたまま現地に持ってきて設置するという方法を考えているとのことでした。発電事業では稼働率が鍵なので、故障したときにすぐに代替えがきくような構成を考えているということです。大きさ200平米以下、高さ13メートル以下であれば、工作物と見なされて、国立公園内でも設置可能であることから、コンテナもその大きさに抑えられる計画となっています。
中央電力による地熱開発の特徴は、その事業スキームにあります。以下の図が事業スキームを示しています。
まず事業主体は地元の人々であり、中央電力ではありません。中央電力は、地熱フィールドの開発から発電所の建設、管理運営まで、資金調達から認可取得の支援なども含めて、全てを担当しています。発電設備の所有権も中央電力にあります。しかし事業主体は飽くまでも地元の人々です。中央電力は地元から業務委託を受けているという形となっています。
発電された電気は全て売電されます。FITの対象ですので売電価格は42 円/kWhです。売電収入から業務委託料を差し引いた額が地元に還元されます(もともと地元の人たちの事業なので、還元という表現は正しくないかもしれませんが)。2MWの発電所ができて85%の稼働率が維持できれば、現在の買取価格の下なら、地元には毎年1億円くらい還元できるという試算のようです。
試算の細かい根拠はわかりませんが、総投資額は15億円以下とのことでした。1本目の井戸の掘削費用は通常の温泉井戸の掘削費用と変わらず4000万円くらいですので、相対的には設備費用が大きいということになります。
一見、地元は何もせずにお金だけ入ってくるようにも思えるのですが、中央電力の本業と同じスキームだという考えです。中央電力の本業はマンションなどの一括受電サービスです。マンションなどの集合住宅では、通常、居住者が個々に電力会社と低圧の従量電灯契約を結んでいます。それに対して、個々の契約を全て解除して、マンション全体でまとめて電力会社と高圧契約を結ぶと電気代はずっと安くなります。これを一括受電サービスといいます。この一括受電サービスを行う上で、基本的にマンションの居住者は何もする必要がありません。既存の契約の解除から新たな高圧契約の締結までの作業は基本的に全て中央電力が行うようになっています。しかし、飽くまでも主体はマンション組合です。中央電力は業務委託を受けてそれを支援するという形になります。
この本業の事業スキームがそのまま地熱開発事業に適用されています。中村社長が地熱発電事業のアイデアを持ち込んだとき、副社長の平野氏は、単なる発電事業であったら反対していたといいます。しかし、それが発電事業ではなく、地域を支援するサービス事業であったため了承したといいます。
中央電力の事業スキームが成功するかどうかはまだこれからなのですが、地熱開発を進める上で重要な示唆を与えてくれます。
大規模地熱発電所の建設に反対する人たちにもこれまで話を聞いてきましたが、いつも「反対するのは当然のことだ」と思っていました。もちろん温泉への影響を心配する声が大きいわけですが、最大の問題は、地元に何の恩恵もないということです。
自分の温泉場の近くに地熱発電所ができたとしても、温泉客が増えるわけではありません。建設しているときには作業員の人たちが泊まってくれるかもしれませんが、それも建設が終われば、終わりです。地熱発電所はほぼ無人で運転できますので、雇用創出効果も極めて限られています。その一方で、温泉場が枯れるかもしれないという心配だけが残ります。これでは賛成しようがありません。開発事業者の方もそれがわかっているので、無理に開発を進めることが難しいのが現状だと思います。
地熱発電を進めるには、地元との共生が鍵となります。そのためには金銭的なものに限らず、地元に何らかに恩恵が必要です。アイスランドでは、地熱は、地域暖房、温水供給、道路の融雪、温水プールなどに多重に利用され、地元に人々にとってはなくてはならないものです。だから開発が進みます。もちろん、環境への影響は常にモニタリングしています。
わいた温泉での中央電力の試みは、地元との共生を実現する地熱開発の1つのモデルとして大変注目に値します。以下、ポイントを整理しますと、
(1)
地元主体の事業であるから基本的に地元が反対ということにはなりにくい。
(2)
効率よい発電が行われれば、中央電力も潤うし、地元も潤う。お互いに協力、努力するインセンティブがある。
(3)
規模が小さいので地熱井が温泉井戸と変わらず、掘削に対しても反対がでにくい。
もちろんまったく反対がないわけではありません。この地域には、かつて電源開発が進めようとした地熱開発に反対が起こり、それが全国的な反対運動に発展したという経験があります。現在も反対している人はいます。それでも、中央電力の事業スキームは地元が受け入れやすいものではないかと思います。
逆にこの事業スキームでは、中央電力がリスクを抱えすぎのようにも思えます。しかし、そこには長期的な事業計画があるようです。中央電力は本業において一括受電で13万kWくらいの電力を顧客に供給しています。将来的には、自社が開発した地熱発電所で発電した電力をこれらの顧客につなぐことができれば、FITによる買取が終了した後でも、事業として成り立たせることが可能となります。それゆえ、わいた温泉にとどまらず、他の地域でも2MWクラスの小規模発電所を展開する予定だといいます。
今回の記事は、中央電力側からの話をもとに書いていますので、できれば地元でも話を聞いてきて、こうした事業スキームの可能性をもっと正確、詳細に把握したいと思います。