2012年6月21日
工場見学後に廃プラ処理技術開発に関するインタビューを行いました。細かいところをどこまで書いていいのかわかりませんので、差し障りのない範囲で概要を。
これは大分のコークス炉 |
前にも書いたのですが、この技術のすばらしいところは、(1)コークス炉を用いて熱分解するので、熱分解工程を新設する必要がないこと、そしてなんといっても、(2)石炭から出るアンモニアと廃プラに含まれる塩素が反応して塩化アンモニウムとなり、無害化され、塩素による応力腐食割れの問題がなんなく解決できてしまうことです。
まさに「コロンブスの卵」的な技術です。
以前ゴミ焼却炉開発の調査を行ったときに、やはり開発者が苦労していたのが、塩素の問題でした。それは、ガス化炉の中で、廃棄物から発生するHCLガスが結露して塩酸となって腐食を引き起こすという問題でした。焼却炉では温度を制御することによって問題を解決していましたが、開発者の方は大変苦労していました。
廃プラ処理には高炉を使う方法もあるのですが、ここでも塩素による悪さが問題となります。したがって、高炉法では廃プラを炉に投入する前に、脱塩素を行う必要があります。
こうした追加的な処置がコークス炉法では必要ありません。皆が直面し、皆が苦労する塩素の問題が、コークス炉法では、いとも簡単に解決されてしまうのです(もちろん、実際にはいろんな制御が必要なのでしょうが。)。
こうした技術がなぜ新日鐵で生まれたのか。大変興味があるところです。それ以上に興味深いのは、この技術がなぜ新日鐵でしか開発されなかったのか、また、数ある廃プラ処理技術の中で、なぜコークス炉法が最後発であったのかという点です。
コークス炉法のすばらしさは僕のような技術の素人にも良くわかります。ばらばらのパズルがピタッとはまるような心地よさを感じる技術です。経済性を考慮すれば、コークス炉を活用することくらい、考えつきそうに思えます。なのに、なぜ新日鐵だけが?しかも、なぜこの技術が最後発なのか?
今回のインタビューを通じて、このあたりの疑問がある程度解消されました。「なるほど!」と何度も思いました。
そもそも新日鐵では、1990年くらいから油化法での廃プラ処理技術の開発が行われていました。コークス炉法よりもこちらが先行していたわけです。ただし、まだ容リ法がありませんでしたので、新日鐵自体が事業として行うというわけではありませんでした。
一方、90年代初頭から、コークス炉を使った廃プラ処理技術の検討も行われていたようです。当初は廃プラの処理に主眼があったというよりは、石炭に代わるコークスの原料を探索する一環として、廃プラにも注目していたようです。しかし、コークスの経済的な原料という視点からすると、廃プラは全く勝ち目がありません。回収や事前の処理のコストを考えれば、石炭の方がはるかに経済的です。したがってこうした開発は基礎的な検討に留まるものでした。またこの時点では塩素の含まれない廃プラだけを対象としていました。
こうした状況を変えた重要なできごとがCOP3です。議長国の日本は、京都議定書において1990年比で2008年から2012年の期間に6 %の温室効果ガスの削減義務を負うことになりました。大量のエネルギーを消費し、大量のCO2を排出している鉄鋼産業に対する圧力は、当然のように高まります。それに対して鉄鋼業界は、自主行動計画を策定しました。この計画を実行するために、業界をリードする新日鐵は、全社的に取り組む必要に迫られていたわけです。
こうした状況を背景として、新日鐵において、廃プラ処理が再び注目されることになります。ちょうどその頃、油化法で進めていた自治体との実証設備がうまくいかないことが判明し、エンジニアリング部門の担当者が、コークス炉法に解を求めてきました。油化法の実証設備で開発されていた減容処理工程(前処理工程)の利用を考えたこともあったのではないかと思います。エンジニアリング部門として減容処理工程の販売先を探索するのは自然なことです。
こうして、塩素を含む廃プラの熱分解をコークス炉で行う、廃プラ処理技術開発の全社プロジェクトが立ち上がりました。1995年に容器包装リサイクル法(容リ法)が制定され、瓶、缶やペットボトルを対象としたリサイクルが1997年から先行実施されました。さらに2000年からは容リ法の対象が容器包装品のプラスチックにまで拡大されることが予測されたことも後押ししたものと思われます。
その後は、驚くような速さで開発が進みます。プロジェクトの第1回会議から、トップに対する提案、実機での試験・検証、そして容リ法による技術認定まで、たったの1年です。
この事例、イノベーションの創出メカニズムを考えるという点から、大変示唆に富んでいます。コークス炉の部門からすれば、廃プラ技術は、決して好ましい技術ではありません。石炭に廃プラを混ぜれば、コークスの品質が落ちる危険性があります(ですから、今でも1%程度しか混ぜていません)。さらに、廃プラは石炭より密度が低いため、多少なりともコークスの生産性が落ちます。それを補うために品質の高い石炭を投入すれば、コストはあがってしまいます。
つまり、「品質の良いコークスを効率よく生産する」というコークス部門の目的からすれば、廃プラ利用は「邪魔な」技術といえるかもしれません。高炉法であれば廃プラは熱源として投入されるだけなので、事前に脱塩素されていれば、それほど問題視はされないでしょう。だからコークス炉法より高炉法の法が先に実用化されたのではないかと考えられます。
環境問題やエネルギー問題の解決には、既存の資源の多重利用、つまり「うまい合わせ技」を考える事が王道だと思うのですが、うまい合わせ技ほど、既存資源の利用側からあまり歓迎されない可能性があることを、この事例は示唆しています。既存資源を浸食しないためには新規投資が必要となるわけですが、それでは経済性が成り立ちません。経済的な成功が保証されるような技術ほど実現が困難となるという、原理的なジレンマがここに見えます。
新日鐵ではこのジレンマが、もちろん技術者の方たちの熱意、また常に社会や国家を考える新日鐵のカルチャーも関係しているとは思いますが、様々な事象の偶然ともいえる出会いによってうまく解決されていきました。油化法の断念、容リ法、COP3、自主行動計画…。
イノベーションとは、まさに、必然と偶然が織りなす世界で生まれるものです。
(青島矢一)