2012年6月26日火曜日

沖縄県 海水淡水化センター訪問記(藤原雅俊)


2012625日執筆

◆北谷の海水淡水化センター
 2012622日(金)に、沖縄県企業局の海水淡水化センターを訪問しました。沖縄本島の北谷というところにあります。那覇市の中心から、車で北に約30分ほどの距離です。

 今回の調査の目的は、海水淡水化プラントの稼働実態を把握することです。藤原・青島・三木(2010)では逆浸透膜の開発過程を辿りましたが、その逆浸透膜を組み込んだ海水淡水化プラントは、最終ユーザーによって一体どのように活用されているのかを理解しよう、という調査です。

海水淡水化センター
 梅雨の最終日で、雲が重かったです。(撮影:藤原)


 こちらからは、青島矢一さん、三木朋乃さん、積田淳史さん、そして私の4人で伺いました。対応してくださったのは、沖縄県企業局 北谷浄水管理事務所 海水淡水化センター所長の比嘉義雄さんをはじめとする5名の関係者の皆様です。非常に丁寧に解説頂き、本当に良い調査になりました。ありがとうございました。

 沖縄は、地形的に見て河川からの取水が不安定であり、水の安定確保が長年の課題でした。「沖縄本島海水淡水化計画調査(第1次)」が始まったのは、1977年のことです。ちなみに、沖縄におけるこの年の給水制限日数は169日に及んでいます。大変な渇水状況でした。その後、北谷浄水場の海水淡水化プラントは、1997年に40,000m3/日の最大造水量を実現して完成し、今日に至っています。つまり、調査開始から数えて20年がかりで海水淡水化プラントが完成した計算になります。1997410日付の『琉球新報』によると、北谷浄水場の海水淡水化プラントは、完成当時国内最大、世界全体を見渡しても5番目に大きな規模でした。総事業費は、34699943円(うち国庫補助率85%;29494948円)ですから、まさに一大事業だと言えます(沖縄県環境生活部生活衛生課(2012)『沖縄県の水道概要:平成23年度版p. 46沖縄本島にある5つの浄水場のなかで、海水淡水化プラントを抱えるのは、この北谷浄水場だけです。

 我々が訪れたセンターには、逆浸透設備が計8ユニット入っています。逆浸透膜エレメントを直列に6本装填したベッセル(逆浸透膜モジュール)が7列×9段並んで、1ユニットを構成します。よって、北谷の海水淡水化センター全体では、6本×7列×9段×8ユニット=3,024本の逆浸透膜エレメントが使われていることになります。1ユニットあたり5,000m3/日、8ユニット全体で40,000m3/の造水能力を持ちます

海水淡水化プラント
この日は3号機が動いていました。(撮影:藤原)

 ただ、この海水淡水化プラントは常時フル稼働というわけではありません。1997年に全面供用が始まってから、2006年度までに生産された造水量は、平均10,300m3/日です。10年間の平均稼働率は、約25%となります。沖縄企業局が発行している『環境報告書』をもとに、その後の造水動向を推定値として算出すると、5,013m3/日(2007年度)、15,437m3/日(2008年度)、22,520m3/日(2009年度)、4,000m3/日(2010年度)といった具合です。これら4年の加重平均値で見ても、造水量は11,745m3/日です。なぜでしょうか。


◆造水コスト

 その大きな理由は、造水コストの高さにあります。

 一般的に、海水淡水化プラントの造水コストを押し上げるのは、動力費(つまり電気代)、薬品費、そして修繕費です。まず、逆浸透法による海水淡水化は、海水に高圧をかけて真水を得る仕組みなので、高圧をかけるために多くの電力を必要とします。ゆえに、電気代がかさんでしまいます。これが最も重荷になります。次いで、ユニットの洗浄に必要な薬品費もかかってきます。電気代も薬品費も、プラントを稼働させるほど増える変動費となります。そして最後に、逆浸透膜に塩水を通すのですから、配管その他で錆や腐食の問題が起きます。そのため、施設の修繕費用が固定的にかかってしまっています。こうしたコスト構造の上に、減価償却費と支払利息、人件費などがのしかかってくるわけです。

 動力費が重いという事情は、北谷の海水淡水化プラントでも同じでした。沖縄県企業局が発行している平成23年度版『環境報告書』に掲載された平成22年度の実績値で、送水量1m3あたりの使用電力量(kWh/m3)をみると、海水淡水化プラントで水を造るときの使用電力量は6.54kWh/m3です。海水淡水化プラントを使わない場合、沖縄本島5浄水場の平均使用電力量は、最上流の水源から最下流の供給点までの距離を取って測っても、0.95kWh/m3で済みます。海水淡水化プラントを使って水を造り出そうとすると、通常の7倍近くの電力を消費するという計算です。また、それぞれ逆数をとって、1kWhあたりの送水量(いわば、電力生産性)に直すと、通常の施設では1kWhで1.05m3を送水できるのに対し、海水淡水化プラントは0.15m3しか送水できません。かなり大きな差です。

 他の資料も動力費の重さを語っています。國吉(2007)「沖縄県企業局海水淡水化施設の運転状況」『造水技術』pp. 35-39は、2004年度におけるフル操業(40,000m3/日)時点での造水コストを120.66円/m3、そのうちの45.3%を動力費として報告しています。沖縄県では水をおよそ102円/m3で売っていますから、フル稼働してもコスト計算が見合っていないことになってしまっています。加えて、北谷の海水淡水化センターにとっていっそう厳しいことは、他府県に比べ、沖縄県の電気代が高いことです。一にも二にも動力費に尽きます。これでは海水淡水化プラントへの依存度を下げざるを得ません。

 こうした事情を受け、同センターは近年、より厳格な管理運転による経費削減を進めています。具体的には、8つある海水淡水化ユニットを1週間単位で1ユニットずつ順繰りに運転させ、運転号機の切り替え時には運転休止日を設けるという取り組みです。沖縄県企業局が発行した『平成22年度 第8次企業局経営計画実施状況報告書』によれば、平成22年度にはプラントを32日間停止させ、動力費など1210万7000円を削減させています。平成23年度上半期には、この取り組みを3回実施し、121万円の動力費を削減させました(『平成23年度 第8次企業局経営計画 上半期実施状況報告書』p. 9)。このときには、運転休止日を2日連続してとりました。他にも、センターの空調設備を改良し、平成23年度上半期には86万9000円の動力費を節減しています。あらん限りの動力費削減策を考え、進めている様子がわかります。

 沖縄本島で海水淡水化プラントに対する依存度を下げさせているもうひとつの出来事が、代替取水源(ダム)の完成です。沖縄では、2005年に羽地ダムが、2011年には大保ダムがそれぞれ新たに完成して供用を始めたため、取水量が十分に増えました。沖縄本島における一日あたりの水需要400,000m3に対し、水の供給事情は概ね整ったのです。より大きな動力費をかけて海水淡水化プラントに頼り、40,000m3を日常的に造水する意義は、徐々に下がりつつあります。ただし、小雨による渇水非常事態時には、間違いなく海水淡水化プラントがその役割を果たすでしょう。北谷の海水淡水化センターは、緊急臨時造水機関としての色を濃くしつつあるように見えます。


◆電力生産性の向上が鍵
 現時点での造水コスト構造に基づけば、海水淡水化プラントが活きてくる場所は、他に安価な代替取水源がなく、採算を度外視してでも水が必要な渇水地域にまだ限られるように見えます。もちろん、従来より劇的に低い圧力で海水淡水化が可能な逆浸透膜が登場したり、電気代が劇的に下がるといった事情がかみ合えば、海水淡水化プラントの生き道も広がるかもしれません。今回の取材では、とにかく動力費の重さを再認識し、痛感しました。電力生産性の向上が、海水淡水化プラント普及にとって何よりの課題です。

 では、逆浸透膜を海水淡水化プラントに組み込み、最終ユーザーである自治体に売り込みをかけるプラント・エンジニアリング会社は、この状況の中でいったいどのような拡販策を展開しているのでしょうか。これは今後ぜひ調査したい点です。

(藤原雅俊)

2012年6月25日月曜日

新日鐵君津製鉄所訪問(2)(青島矢一)


2012621


工場見学後に廃プラ処理技術開発に関するインタビューを行いました。細かいところをどこまで書いていいのかわかりませんので、差し障りのない範囲で概要を。


これは大分のコークス炉

前にも書いたのですが、この技術のすばらしいところは、(1)コークス炉を用いて熱分解するので、熱分解工程を新設する必要がないこと、そしてなんといっても、(2)石炭から出るアンモニアと廃プラに含まれる塩素が反応して塩化アンモニウムとなり、無害化され、塩素による応力腐食割れの問題がなんなく解決できてしまうことです。


まさに「コロンブスの卵」的な技術です。


以前ゴミ焼却炉開発の調査を行ったときに、やはり開発者が苦労していたのが、塩素の問題でした。それは、ガス化炉の中で、廃棄物から発生するHCLガスが結露して塩酸となって腐食を引き起こすという問題でした。焼却炉では温度を制御することによって問題を解決していましたが、開発者の方は大変苦労していました。


廃プラ処理には高炉を使う方法もあるのですが、ここでも塩素による悪さが問題となります。したがって、高炉法では廃プラを炉に投入する前に、脱塩素を行う必要があります。


こうした追加的な処置がコークス炉法では必要ありません。皆が直面し、皆が苦労する塩素の問題が、コークス炉法では、いとも簡単に解決されてしまうのです(もちろん、実際にはいろんな制御が必要なのでしょうが。)。


こうした技術がなぜ新日鐵で生まれたのか。大変興味があるところです。それ以上に興味深いのは、この技術がなぜ新日鐵でしか開発されなかったのか、また、数ある廃プラ処理技術の中で、なぜコークス炉法が最後発であったのかという点です。


コークス炉法のすばらしさは僕のような技術の素人にも良くわかります。ばらばらのパズルがピタッとはまるような心地よさを感じる技術です。経済性を考慮すれば、コークス炉を活用することくらい、考えつきそうに思えます。なのに、なぜ新日鐵だけが?しかも、なぜこの技術が最後発なのか?


今回のインタビューを通じて、このあたりの疑問がある程度解消されました。「なるほど!」と何度も思いました。


そもそも新日鐵では、1990年くらいから油化法での廃プラ処理技術の開発が行われていました。コークス炉法よりもこちらが先行していたわけです。ただし、まだ容リ法がありませんでしたので、新日鐵自体が事業として行うというわけではありませんでした。


一方、90年代初頭から、コークス炉を使った廃プラ処理技術の検討も行われていたようです。当初は廃プラの処理に主眼があったというよりは、石炭に代わるコークスの原料を探索する一環として、廃プラにも注目していたようです。しかし、コークスの経済的な原料という視点からすると、廃プラは全く勝ち目がありません。回収や事前の処理のコストを考えれば、石炭の方がはるかに経済的です。したがってこうした開発は基礎的な検討に留まるものでした。またこの時点では塩素の含まれない廃プラだけを対象としていました。


こうした状況を変えた重要なできごとがCOP3です。議長国の日本は、京都議定書において1990年比で2008年から2012年の期間に6 %の温室効果ガスの削減義務を負うことになりました。大量のエネルギーを消費し、大量のCO2を排出している鉄鋼産業に対する圧力は、当然のように高まります。それに対して鉄鋼業界は、自主行動計画を策定しました。この計画を実行するために、業界をリードする新日鐵は、全社的に取り組む必要に迫られていたわけです。


こうした状況を背景として、新日鐵において、廃プラ処理が再び注目されることになります。ちょうどその頃、油化法で進めていた自治体との実証設備がうまくいかないことが判明し、エンジニアリング部門の担当者が、コークス炉法に解を求めてきました。油化法の実証設備で開発されていた減容処理工程(前処理工程)の利用を考えたこともあったのではないかと思います。エンジニアリング部門として減容処理工程の販売先を探索するのは自然なことです。



こうして、塩素を含む廃プラの熱分解をコークス炉で行う、廃プラ処理技術開発の全社プロジェクトが立ち上がりました。1995年に容器包装リサイクル法(容リ法)が制定され、瓶、缶やペットボトルを対象としたリサイクルが1997年から先行実施されました。さらに2000年からは容リ法の対象が容器包装品のプラスチックにまで拡大されることが予測されたことも後押ししたものと思われます。


その後は、驚くような速さで開発が進みます。プロジェクトの第1回会議から、トップに対する提案、実機での試験・検証、そして容リ法による技術認定まで、たったの1年です。


この事例、イノベーションの創出メカニズムを考えるという点から、大変示唆に富んでいます。コークス炉の部門からすれば、廃プラ技術は、決して好ましい技術ではありません。石炭に廃プラを混ぜれば、コークスの品質が落ちる危険性があります(ですから、今でも1%程度しか混ぜていません)。さらに、廃プラは石炭より密度が低いため、多少なりともコークスの生産性が落ちます。それを補うために品質の高い石炭を投入すれば、コストはあがってしまいます。


つまり、「品質の良いコークスを効率よく生産する」というコークス部門の目的からすれば、廃プラ利用は「邪魔な」技術といえるかもしれません。高炉法であれば廃プラは熱源として投入されるだけなので、事前に脱塩素されていれば、それほど問題視はされないでしょう。だからコークス炉法より高炉法の法が先に実用化されたのではないかと考えられます。


環境問題やエネルギー問題の解決には、既存の資源の多重利用、つまり「うまい合わせ技」を考える事が王道だと思うのですが、うまい合わせ技ほど、既存資源の利用側からあまり歓迎されない可能性があることを、この事例は示唆しています。既存資源を浸食しないためには新規投資が必要となるわけですが、それでは経済性が成り立ちません。経済的な成功が保証されるような技術ほど実現が困難となるという、原理的なジレンマがここに見えます。


新日鐵ではこのジレンマが、もちろん技術者の方たちの熱意、また常に社会や国家を考える新日鐵のカルチャーも関係しているとは思いますが、様々な事象の偶然ともいえる出会いによってうまく解決されていきました。油化法の断念、容リ法、COP3、自主行動計画


イノベーションとは、まさに、必然と偶然が織りなす世界で生まれるものです。

(青島矢一)

2012年6月21日木曜日

新日鐵君津製鉄所訪問(1)(青島矢一)

2012年6月19日

新日鐵の君津製鉄所を訪問しました。メインの目的は、先日講演を聞いた廃プラスチック処理工程をこの目で見ること、副次的な目的は学生に日本のものづくりの底力を感じてもらうことです。教員4名、学生18名での訪問でした。

唯一写真撮影が許された第4高炉前で記念撮影

工場に到着後、昼食をとり、まずは、廃プラのリサイクルを含めた、君津製作所における省エネ、環境対策の全体に関するビデオと説明を受けました。工場内でのエネルギー・資源の有効利用が徹底的に追求されていることがわかります。


水は基本的に100%再利用、製造工程で発生するガスや蒸気は、加熱用の燃料や発電用の燃料として利用されています。


確か蒸気塔

具体的に書きますと、君津製鉄所内で発生するガスの内、55%が製鉄所内で燃料として使用され、45%が東電との共同火力発電所で使用されています。この火力発電所の発電能力は55万KWあります。原発の半分くらいの能力です。共同火力発電所では、製鉄所からの副生ガスに加えて、その1/3に相当する(25%分)重油を購入して発電しています。発電した電力は東電3、新日鐵4の割合で引き取っています。


この共同発電所に加えて自社保有の12万KW分の発電設備があります。ピーク時に東電から電力を買うことはあるとのことですが、基本的に製鉄所内で使用される電力は全て、製鉄所内で発生するガスや蒸気でまかなっている計算となります(自家消費以上に発電しています)。


君津製鉄所は立派なスマートシティです。


新日鐵の廃プラ処理の特徴は既存のコークス炉を使用することにあります。自治体から回収されたプラスチック容器が、事前処理工程(前工程)で小さなペレット状に減容成形され、石炭と一緒に熱分解工程であるコークス炉(後工程)に投入されます。


コークス炉では、プラスチックが熱分解されて、コークス(20%)、ガス(40%)、炭化水素油(40%)となります。発生したガスは、発電所に送られて発電用の燃料として使われます。炭化水素油は化学原料となり利用されます。そのための化成工場が廃プラの事前処理工程とコークス炉の間に建設されています。見事なまでに製鉄所内で自己完結性を追求しており、本当に関心します。


見学は、廃プラスチックの事前処理工程から始まりました。熱分解工程は通常のコークス炉なので見学しませんでした(石炭と混ぜて廃プラを投入するので外からは全く識別できません)。


自治体から回収された容器包装プラスチックは大きなさいころのようなキューブ状に梱包されて運び込まれます。自治体によってキューブに加工する機械に違いがあるようで、梱包方法に違いがあるのがわかります。それゆえ梱包をほどくために人手がかかるという説明でした。このあたり標準化しておけば処理が簡単になるのに。こうした無駄な差別化は日本でよく見られる現象です。


工場内は廃プラのため少々甘い生ゴミのような臭いがしました。夏になると5日以内に処理しないとウジがわいてしまうとのことでした。


ばらばらにされた廃プラは事前処理工程に投入され、裁断、不純物(金属など)の除去、減容処理を経て、小さなペレット状になります。自治体で基本的な分別はしているものの、まだ不純物が含まれています。ライターのように発火するものは必ず除去しなければいけないので(引火したら大変)、人手による除去と機械による除去が行われます。今回見学したラインは機械による除去でした。磁石を使ったり、ブロアで吹き飛ばしたりと、いろんな方法で不純物を除去します。減容処理するところでも外部から大きな熱を加えることはなく固まるそうです。摩擦熱で自然に溶けるプラスチックによって固まるとのことでした。このあたりも省エネです。


減容処理工程をみた後は、学生向けに、バスでコークス炉の横を通り、最も大きな第4高炉の前で写真撮影。続いて薄板の熱延工程を見学しました。何度みてもダイナミックな工程に感動します。圧延工程に運び込まれたスラブ(鉄の塊)は副生ガスを燃料として使って1000℃以上に再加熱されます。遠くで見学していても汗が出てきます。冷却水による大量の水蒸気がダイナミックな工程を演出しています。

第4高炉


今回のスラブは、いくつもの圧延工程を経て、厚さ3mm以下で長さ550mに延ばされ、一気に巻き取られていました。どんどん、どんどん、引き延ばされていく姿をみていて、韓国の明洞でみた龍髭飴を思い出しました。



見学が終了して学生が帰ったあと、肝心の廃プラ処理技術開発に関するインタビュー調査を行いました。学術的にも大変興味深い話を聞きました。それは次の(2)で。

(青島矢一)











2012年6月11日月曜日

シンガポールの水資源探訪4(三木朋乃・積田淳史)


 「シンガポール水資源探訪」第4弾では、水ビジネスをめぐるシンガポールと日本の違いを比較していきます。



水ビジネスの現状−水メジャーの存在


石油ビジネスにおいて「石油メジャー」と呼ばれる寡占企業が存在するように、水ビジネスにも「水メジャー」(英語ではWater baron)と呼ばれる企業が存在します。1位はフランスのスエズ・エンバイロメント(Suez Environment)、2位も同じくフランスのヴェオリア・エンバイロメント(Veolia Environment)、3位はイギリスのテムズ・ウォーター(Thames Water)です。この3社は、上下水道事業の世界シェアの8割を独占しています。3社寡占状態はまだしばらく続きそうですが、近年、彼らの牙城を崩すべく存在感を増しつつある企業もあります。それは、アメリカのGE社やドイツのシーメンス社、そしてシンガポールや韓国などのアジアの企業です。

上下水道事業というのは、上下水道の施設保有・サービス設計・事業経営・メンテナンス・顧客管理を指します。欧州企業が水ビジネスで強いのは、早くから上下水道の民営化が行われたからだと一般的に説明されています。高い水資源管理技術を持つ日本では、地方自治体が中心となって水資源管理を実施しているため、水ビジネスにおいて日本企業の存在感はそれほど高くありません。
 
水メジャーと呼ばれる3社は、垂直統合を行ってその全てを担うところに特徴があります。近年台頭してきているGEは、主にM&Aを行って垂直統合をはかり、水ビジネスへ台頭してきています。



シンガポールにおける水ビジネス

さて、シンガポールはというと、日本と同様に、政府を中心に上下水道事業を進めてきました。第1弾〜3弾の記事で取り上げてきたように、シンガポール政府は過去4 0年に渡って水資源管理と水処理技術の開発に積極的に投資してきました。水資源が乏しいことを憂慮する同国政府にとって、水問題は常に最優先すべき課題の一つでした。


この間、シンガポールにはハイフラックス(Hyflux)という水道事業運営会社が育ちました。ハイフラックスは、第3弾の記事で取り上げたNEWater計画におけるプラントの一号機を受注したり、シンガポール最大の脱塩処理施設も受注しており、同国における水の35%の供給に関わる大企業です(2010年時点)。同社は、現在では国内で蓄積した水事業の運営・管理ノウハウを活かして、世界の400以上の地域で事業展開をしています。同社の売り上げの98%は国外市場が占めているほどです。

Marina Bay Reservior(マリーナ湾に建設された最新の貯水池)



シンガポール政府は、2009年、水ビジネスを成長産業と位置づけています。同国を水ビジネスの世界的な拠点とすべく、「グローバル・ハイドロ・ハブ構想」を策定しました。この構想の中で、同国は2015年までに世界の水市場のシェア3%を同国政府および関連企業で獲得すること目指しています。この構想には、多数の海外企業が参画しています。水資源に乏しく、技術力も無いシンガポールは、海外企業と積極的に協力することで、水ビジネスを育てています。

この構想の中で、
シンガポール政府は投資家や商社のような役割を果たしています。投資家という役割は、同国政府に伝統的なものです。あらゆる資源に乏しく、長い歴史を持たないがゆえに技術力の蓄積も少ないシンガポールを成長させるために、同国政府は常に海外に目を向けています。ビジネスのアイデアはあるものの資金を持たない海外の企業や研究者を誘致し、シンガポール国内で事業を展開させ、国内の産業発展に貢献させるとともに、スピルオーバー効果で技術力の向上を図ってきました。

最近では、海外企業の要素技術を買い付け、それらをパッケージングして販売するという商社のような機能も果たそうとしてきています。同国政府は、交通網の課金システムや無人鉄道システムの開発を進めており、将来性のあるビジネスに投資をしています。水ビジネスも、その典型的な例です。ハイフラックス社は、日独韓の企業から要素技術を部分的に買い取り、それらをパッケージングし、途上国に運営ノウハウも含めて販売するという戦略で、成功をつかみ取りつつあります。海外の技術やノウハウを寄せ集めて成功させたシステムをそのまま製品にしてしまうという商社的な発想は、「グローバル・ハイドロ・ハブ構想」からもうかがうことができます。

シンガポール海峡に浮かぶタンカーやコンテナ船(アジアのハブとしてのシンガポール



日本における水ビジネス


では、日本はどうでしょうか。従来、日本の上下水道事業は地方ごとに公的セクターが担ってきました。近年では、法改正により民間企業の参入が容易になっています。2001年の水道法改正によって水道事業の第3者委託(例えば民間委託)が可能に、また2003年の地方自治法改正では指定管理者制度化がされて税金で赤字補填されることがなくなり、効率的な運営が求められるようになったからです。とはいえ、日本の上下水道事業の民営化の歴史は浅く、また地方単位で運営してきたために大規模事業のノウハウもなく、日本企業は上下水道事業において世界で戦える状況にあるとはいえません。むしろ、上記の法改正後、民間企業として海外の水メジャーに委託する地方(広島、埼玉、千葉県など)も増えつつあり、日本の上下水道事業むしろ浸食されているのが現実です。

「東京水」(東京の水道水をペットボトルに詰めて水の綺麗さをアピール)


もちろん、日本政府もこうした現状に何も手を打っていないわけではありません。2010年、日本政府は「新成長戦略」を打ち出し、その中のアジア展開における国家戦略プロジェクトとして「パッケージ型インフラ海外展開」を掲げています。これは、電力・鉄道・通信・水などの大型インフラの建設や既存施設の維持管理に関して、設計・建設から完成後の管理運営やメンテナンスを含めた事業権を丸ごと確保することを目指した戦略です。シンガポールのように官民が一体となって、ビジネス規模の大きい運営やメンテナンスを含めたインフラビジネスをアジアに展開しようとしているのです。

官民一体による成功をめざすこの戦略は、シンガポール政府の戦略によく似ています。しかしながら、どちらの戦略がより機能しているかと問えば、現状ではシンガポールであると答えざるを得ないでしょう。日本は水資源が豊かで、水資源管理の歴史も長く、世界的な水資源管理関係の技術(例えばRO膜)を持つ企業が複数存在するといったアドバンテージを持っています。それにも関わらず、日本は水ビジネスで出遅れているのです。 

こうした出遅れの理由の一つは、国内の競争の激しさがあります。日本の場合はRO膜をとってみても、世界的な競争力を持つ企業が2社も存在し、国内メーカー同士で海外からの受注を争う事も少なくありません。一方のシンガポールは、上下水道ビジネスで有力な企業はハイフラックス1社のみで、官民が一体となって海外へビジネス展開する事は容易なのです。




両国の水ビジネスにおける差は、このような国内の競争環境の違いから説明することもできますが、政府や企業の姿勢の違いから説明できるという考え方もあります。次回はこのことについて、現地の事情に詳しい方へのインタビューを通じて、探索していきたいと思います。


(三木朋乃・積田淳史)



2012年6月4日月曜日

風力発電に関するセミナーで考えたこと(青島矢一)

2012年5月30日

自然エネルギー財団の水野恵美さんをお呼びしてセミナーで発表していただきました。デンマークとドイツの風力発電に関する内容です。水野さんはMITでの博士論文以来、欧州の風力発電を中心に研究をされてきたそうです。さすがに博士論文の内容を基にしているだけあって詳細で、大変勉強になりました。

http://www.ens.dk/en-US/supply/Renewable-energy/WindPower/Sider/Forside.aspx


水野さんのご発表から、僕が学んだこと、感じたことを簡単にまとめます。


第一は、デンマークやドイツ(特にデンマーク)が、再生可能エネルギーの普及を進める一方で、輸出産業としての競争力向上にも配慮してきたことです。デンマーク企業は、風力発電タービンの多くを海外(ドイツ、アメリカなど)に輸出してきました。国内需要だけに対応してきた米国企業とは、この点で対照的でした。


デンマークの風力発電促進政策は、過剰な補助をしていません。当初は設置補助金を出していましたが、その後、早くから固定価格買い取りを実施することになりました。買い取り価格は、技術開発によるコスト削減努力した、競争力の高い企業だけが、なんとか利益を上げられるレベルに設定されてきたと思われます。


1979-1991年までは、0.23DKK/kwh(今のレートだと3円弱)の発電量に応じた補助金が提供され、1992-1999 年までは0.17DKK/kwhの補助金と0.1DKK/kwhの炭素税の還付の合計0.27DKK/kwhの補助が行われていました(このあたり「高木基金助成報告集 NO.1」にある電中研の朝野さんの論文も参考にしました。朝野(2004))。一方で、1992年からは買い取りも義務づけられ、その価格は市場価格の85%に設定されていたとのことです。


現状の日本でいうなら、市場価格の85%だと、家庭向けで20円/kwhくらい。産業向けなら、10円くらい。それに3円ちょっと上乗せされていたと考えればよさそうです。


ちなみに現在のデンマークでは25kw以下の小型風力発電による電力の買い取り価格は60オレ/kwh、日本円で8円/kwhくらいです。日本で7月から想定されている買い取り価格は20kw未満の場合には57.75円/kwhですから、デンマークの7倍以上。円高を考慮しても、かなりの開きがあります。


過剰な補助を与えると、普及は進むけれども、技術開発やコスト削減の努力が阻害される危険性があります。努力をして競争力を獲得した企業だけが恩恵を受けられるとなると、確かに普及は遅れるかもしれませんが、企業の競争力は向上します。他国よりも早くこうした普及政策を進めた国の企業は、先行から得た競争力をもって、海外市場に出て行くことができます。政府の補助を決める時には、「普及と競争力のバランス」を慎重に考える事が重要だと思います。


水野さんの発表から感じた2つめのことは、風力発電は、太陽光発電に比べればコモディティ化のスピードが遅く、日本企業がこれから活躍できる余地のある産業かもしれないということです。水野さんは風力発電技術はSystemicであると表現していました。つまりいろんな要素を複合的に擦り合わせる必要がある製品だということです。


きちんと調べてないので、まだ直感の域を全くでていませんが、例えば、発電効率を上げるために進んでいる大型化に対応して、ブレードなどに使われる材料はますます高度化すると思います。現在は、CFRP(炭素繊維複合材料)が使われるようになっていると思いますが、飛行機などに使われる高性能・高品質のPAN系炭素繊維では日本の3社(東レ、東邦テナックス(帝人)、三菱レーヨン)が世界市場を支配しています。


風力発電用のブレードにこれまでは飛行機ほどの性能が必要なく、ラージトゥと呼ばれる太い繊維(ドイツ系の企業なども供給でしている)が使われていたのではないかと思いますが、今後さらに軽量化して性能をあげていこうとするなら、日本が圧倒的に強いレギュラートゥがもっと活用されるのではないかと思います。


また、風力発電で鍵となるのは、風速の変化に合わせた制御技術のように思いました。このあたりは、おそらく、これまでの経験・実績から蓄積されたデータがものをいうでしょうから、一朝一夕には追いつけないのかもしれません。ただ、日本のエレクトロニクス産業は低落傾向にありますが、技術者はまだまだ一流だと思いますので、普及とともに経験を蓄積できれば、キャッチアップの可能性はあるのではないかと思います(しかし大手企業が手がけているとなるとビジネスが小さいので難しいかもしれない)。


風力発電産業でも中国やインドの企業が強くなっていますから、欧州企業が今後も競争力を維持できるとは限りませんが(実際にVestasは赤字ですし)、技術の構成からして、(少なくとも大型の装置については)そう簡単に模倣できるものではないように感じました。


中国でみてきた大型の鋳物等を含む製造自体はコストの安いところに移管されるのでしょうが、付加価値の高い制御技術や材料技術は囲い込むことが可能かもしれません。また、材料、部品・ユニット、制御ソフトを含めて全体を統合できる企業が競争力を維持しやすい産業のようにも思います。実際に、Vestasを含むトップ企業は、内製化を進めてきたという話でした。


最後に感じたことは、やはり歴史的に蓄積してきた国の産業基盤を活かせるような方向で促進政策を考えるのが重要だということです。デンマークは風力の歴史が長く、おそらく風を把握して、風に合わせて装置を制御する技術に長けているのではないかと思います。垂直的に分業した産業構造の中でも、制御・エレクトロニクス関係はデンマークの企業が支配しています。一方、ベアリングなど機械的なものはドイツの中小企業が供給しているそうです。いかにもドイツらしいと思いました。


再生可能エネルギーを促進する場合には、その産業における長期的な競争力を念頭に置くことが大事だということは、何度も繰り返し述べてきましたが、さらに、その競争力を考える上では、地の利というか、これまで日本は蓄積してきた強みを活かすことが(当たり前ですが)筋の良い方策だと思います。

(青島矢一)